● 第一章     町会による自主防災組織
 先ず、自分自身「己の身を守る」意識から始まり、次いで「子供家族を守る」そして「隣近所を地域を守る」へ
町会防災の認識を広げることから始まる。
経験から町会づくりは 防災を頂点とした組織造りが必要であり、現在の町会を防災組織へと移行することが、
一番良い。また、現存の町会組織を必要に応じて肉付けしていけばよい と思う。
そしてそれは町会単位から連合町会単位へ自治体へとコロニーを広げていけばよい。
町会を最小の核とすることで、先ず町会会員が共通の連帯意識を持ち、明るい活気ある自分たちの
町会つくりを、いろいろな防災訓練を通して連帯感を培い、「自分達で守る」意識を強めていくのである。
残念ながら、現存の町会は 既得権益と名誉欲、そして公金である町会費を、年度末の決算日までに予算を
消化決済してしまう悪弊が当然の如く行われている。そこに腐った町会幹部が群がり、霞ヶ関と同じ事を
やっている。 国民の血税を食い物にしている様に、町会費を食い物にしている。モラルハザードである。
即ち、「まつりごと」は最小の町会で、町会崩壊を来たし、霞ヶ関で日本崩壊を来している。
いかにして、それらの癌を切り取り「破壊し、そして再建する」かが、町会防災の成功か否かのカギである。
町会は日本政治の縮図である。
日本崩壊を防ぐには 最小核である 町会発の「 壊して再生する」ことが第一歩である。
崩壊しつつある日本を救うには 最小核である町会の存在如何である。
日本再生は 国民一人ひとりの再生から、町会員一人一人による町会再生へと広げることから始まる。
国民一人ひとりの問題である。他人のことではない。己.自分自身の事からである。

環境.教育.モラル.「悪いやつ程 よく眠る」日本であってはならない。
世のリーダーは覇権主義者でなく、仁徳の心を持った王道主義者でなければならない。
第二章で述べる阪神淡路大震災では町会長の良し悪しで、避難生活の明暗が大きく分かれ、連帯感が強く
しっかり避難生活を送る事ができた町会と バラバラで崩壊、より厳しい生活を余儀なくされた町会とがあった。
と言う。
では具体的に町会の防災組織を述べてみよう。

 ▼  本部   町会長を本部長とし 現場指揮官は防災部長とする。
    平常時 対策本部機能の検討と総合マニュアルの作成.防災カルテ.防災地図の作成.リーダーの育成
         町会救急隊員.特殊技能集団(特殊車両の運転.機材の操作技能を持つ人)の育成.結成
    災害時 緊急対策本部の設置。
      活動体制の指示.被害状況の把握.関係機関と連絡や情報提供.町会の被害把握.住民安否の
      確認.各班への指示.情報の収集と提供.ライフライン対策.トランシーバー.携帯電話の活用.
         第一段階  救出.救助.応急処置.心肺蘇生
         第二段階  初期消火.(イ)消火器による (ロ)防災用水.貯水槽より可搬ポンプによる
         第三段階  避難生活
         第四段階  治安パトロール
 ▼   情報班
 住民の防災意識の啓発、広報活動を行う。
   出火防止.初期消火.救急救命の徹底広報活動。 有事の情報伝達は重要で、混乱やデマを引き起こさぬ
   正確さの訓練。被害状況や救援など、全ての情報収集と提供を的確に伝達する。
   メガホン.ハンドスピーカー.トランシーバー.呼び子の活用ラジオ.仮設掲示板.ボード.筆記用具。
   情報収集.伝達に自転車部隊.バイク部隊。
 ▼   救出救助救命班
 負傷者の救出や応急手当.止血.骨折手当.心肺蘇生のできる町会救急隊員.特殊技能集団の育成と結成.
   ノコギリ.バール.ワイヤーカッター.ジャッキー.ロープ.投光器.コンクリートハンマー.金属カッター.
  ▼   消火班
 あらゆる消火の 実地訓練の徹底。
 災害時の電気ブレーカーを切る。ガス元栓を閉める。の確認 感震用にする。
 消火水利の確保。溜め水.浴槽水.防災用水.貯水槽の場所確認。
 貯水槽から可搬ポンプでの訓練の徹底。
 消化器の徹底訓練.消化剤は15秒でなくなる。
 延焼防止。公園常緑樹木による防火林の植林。
 ▼   避難誘導班
 有毒ガス.煙からの避難訓練。床上30センチの空間。透明袋の応用。
 防災マップによる避難場所.ルートの点検確認。
 災害弱者の避難誘導。避難場所での保護管理。
 学校.公共施設では 町会.PTA. 教職員との三者防災連絡会議を徹底的に検討する。
 ▼   給食.給水班
 食料.飲料水の確保。炊き出し。
 救援食料.飲料水の分配と保管管理
 備蓄食料品の点検管理。
 浄化水器具の点検管理。
 ▼   トイレ.シャワー.炊事場.洗濯場設置.生ゴミ処理班
 生活水の確保
 避難所となる学校.公共施設.公園には災害用簡易水洗式トイレ.シャワー設備は是非、設置すべきである。
 井戸は必ず 掘っておく。
 マンホールのトイレ転用 下水道は雨水が流れ込むため、一時的に汚物が溜まっても雨が降れば流れる。
 25mプールは700人が一日二回ずつトイレを使っても一ヶ月水洗が使える。
 学校では プールの水を使って炊事.洗濯.シャワーで使用した水をトイレに使う一環式災害用非常設備を
 公共施設.公園には 貯水槽の水を利用し炊事.洗濯.シャワーそして最後にトイレに流す一環式災害設備を
 義務付ける必要がある。

 ▼   パトロール班
 防犯.防火.治安維持
   各班は識別防災ジャケットを着用する。

その他の災害にも対応する。台風.暴風雨.竜巻.雷.雹.洪水.大雪
21世紀初頭の日本列島は 本格的な地震活動期を迎えている。日本各地で大地震に襲われる可能性が高い。
初頭の10年は 21世紀の明暗を決しかねない10年となります。
関東地方の大震災は極めて周期性の高い地震帯で 関ヶ原の戦いがあった、1600年から最短70年から最長
. 78年8ヶ月の周期で 五回発生している。1923年の関東大震災から今年2001年は78年目になります。
何時 起こっても 不思議ではない。
従って、この10年間になすべきことは 地震災害に強い 町づくり学校.公園に防災施設の充実。
防災用水.貯水槽の完備。災害時の調理室.シャワー.洗濯.トイレの設置。井戸づくり。プールの活用。

そして、大事なことは 我々自身の危機管理である。天災は 忘れた頃にやってくる。  備えあれば 憂いなし。
大地震の時 なすべき事は 先ず、家屋の倒壊から 我が身を守り、 地震による火災から 我が家を守る
 ことである。
先ずは 身の周りからの防災である。太平洋岸の大震災は秋と冬に多く、非常品は耐寒を考えて準備する。

● 第二章  検証  阪神.淡路大震災
       

−−GRAPHIC SCIENCE MAGAZINE Newton より−−
災害は 忘れた頃にやって来る。
2000年の夏も猛暑が続き、残暑もことのほか厳しい年
でした。有珠山噴火に始まり 伊豆諸島群発地震.
三宅島噴火.鳥取西部地震そして地球温暖化、自然
破壊等により集中豪雨で大洪水。日本だけでなく
世界各地で異常気象による未曾有の災害が頻発
していました。
21世紀を迎えるに 宇宙はこの美しい地球へ最後の
警鐘をうち続けているのかも知れません。
この検証を通して各家庭で充分に話し合い、先ず家庭
からあらゆる災害に対しての緊急時危機管理の意識を
持ち続けてください。災害時の危機管理を通して、
我々大人が21世紀を担う子供さん、お孫さんへ
身を持って示さねばなりません。
その手段として町会活動を活性化し、災害に役立よう
我々の町会は 我々の手で 守る。
我々の地域は 我々の手で守る。を合い言葉に
この検証は私が町会長をしている時に作成し
1,500世帯に配布したものです。
★ A) 災害発生 1995年1月17日
* 5時46分
 かすかに感じる程の カクカク、キクキク「あれ 地震かな」小さな揺れ 次の瞬間 ガッタン 大きな揺れ、
 下から凄い勢いで突き上げられ、引っかき廻され 家全体がグシャグシャに潰されている。家中の物が飛び
 かかってくる。頭がガーンと真っ白、気が遠のく、ぼんやりと ”こりゃあ 凄いことが起こった。” やがて シーン と
 静まり返った。不気味な静けさである。真っ暗である。しばらくして「オーイ、オーイ」 「大丈夫かー」と
 呼び合う声が あちこちで聞こえ始めた。
* 6時
 一ヶ所からオレンジ色の炎が上がった。
 サイレンの音も聞こえない。 災害現場なのだ。消防署も警察署も災害現場の真っただ中なのだ。
* 7時
 あちこちで生き埋めになっている人の救出救助が始まった。しかし、そばでは おろおろしている人。会社学校に
 行こうとしている人。日常と非常時のスイッチが切り替えられない人。そのような状況があちこちに見られた。

* 災害現場
1. かろうじて這い出した私達が見聞きしたのは 猛火.うめき声.そして絶叫だった。火が迫ってきた。力の限り柱を
  持ち上げたが、奇跡は起こらなかった。何もできなかった私達をどうぞ恨まないでください。 
                                             −−長田区御菅地区合同葬にて−−
2. ガシャーンと横に衝撃が来たとたん 瞬時に家が倒壊し、倒れてきたガラス窓を突き破るようにベットごと放り出さ
  れた。同じように放り出された妻と長男、長女を助けるために素手で瓦と壁土を掘った。近所の人が駆けつけて
  やっとの思いで長女を引き出したが、すでに こと切れていた。長男のラジカセが6時半になり始めたので音の方
  へ掘り進み、ようやく暗闇の中で右手にたどり着く、温かかったが返事はなかった。ベットにあおむけ状態の上に
  直径30センチを超える梁がのしかかって こと切れていた。地震直後に発生した火災はすでに隣の家に達して
  いた。7時頃、火が移った。長男と潰れた家の底に両親を残したまま、皆に引き離された。火はまるまる二昼夜
  燃え続けた。
                                          −−家族の命「大震災を生き抜く」より−−
3. 火が近づいてきた。生き埋めになっている人が「もう ええ、あんたらが危ない。早う逃げ」と云うんや。
  「ごめんな!ごめんな!」言うて泣きながら逃げてしもうたんや。
                                              −−神戸発阪神大震災以後より−−
4. 「もうちよっと待ってよ。」といったら「待ってるから助けてなあ」と元気な声が返ってきた。しかし、古い家で
  おばあちゃんの上にのし掛かった柱はとてつもなく重く、とても持ち上がらない。バールもノコギリもない。
  そのうち火が回ってきた。とうとう、おばあちゃんを助けることでけへんだった。目の前で見殺しにしてしまった。
  悔しくて悔しくて。と泣き崩れていた。 
                                            −−阪神大震災瓦礫の中の群像より−−
5. 「足を切ってくれ」「そんなことでけへん!きっと助かる」しかし足下から火が噴きだした。土砂に埋まった木材が
  燃えているため、消火できない。住民は避難し始めた。「早よ逃げんと、あんたも危ない」の声が届いた。
  「ヘビの生殺しみたいなことできるか!」おっちゃん、ピンピンしてるやないか」と叫び返した。避難しかけた住民が
  戻ってきた。今度は柱の間に鉄の棒を差し込みロープをくくりつけて10人で引いた。動かない。次は20人が
    ロープを握った。掛け声もろとも力をこめた瞬間、足がすぽっと抜けた。震災から3時間が過ぎていた。
  周囲で歓声が上がった。
                                            −−大震災 その時、我が町はより−−
6. 下敷きになった四人家族
  翌20日、東灘区山中町で掘り起こしを続けた。一家四人が下敷きになっていた。倒れた梁を支えるように
  息絶えた父親を発見。続いて母親。さらに土壁の下から幼い兄弟が見つかった。6才の弟が、9才の兄の腕に
  しがみつくように死んでいた。運び出した後、一人の若い機動隊員が首に巻いていたタオルで、兄弟の顔を拭き
  始めた。「きつかったね。 きつかったね。」見守る隊員も涙をこらえ切れなかった。
                                      −−大震災、その時我が町は 神戸新聞社より−−

瞬時に命を絶たれた6,500余名の人々にも それぞれの人生があり幸せな日々があったはず。
その無念さは計り知れない。しかし、親兄弟家族を失った遺族の人生は まさに生き地獄。市や府県、国は被災者を
救済するどころか、さらなる塗炭の苦しみを与え続けている。

   

★ B) 救出.救助.救命
 発生直後の救出活動は 隣り近所の人、地元の人々、そして地区の自主防災の人々である。
阪神大震災の救出データーによると
   近所の人による救出    60.5%
   救急隊による救出      2.4%
大規模災害で付近一帯が被災してしまうと シーンと静まり返って、救出救助活動もいつものように始まらない。
たとえ潰れた家に人が生き埋めになっていても、非常事態としての行動をとるかの判断が出来なくなっている。
「手を貸してもらえませんか」の声で我に返り活動し始める人が多い。
日頃から非常事態が起きたらどうするか、シュミレーションを想定しておく。
声を出し合って、他人と声を「落ち着いて。大丈夫。助けて。手を貸して」
複数の人で判断し、安全を確認しながら行動する。
まず、近所同志で助け合う。
潰れた家屋.マンションでも絶対見捨てない。声を掛ける。反応があったら励ます。どの辺りに埋まっているか確認する。 木造の家なら人海戦術で
1). 瓦や屋根を はがせる物から剥がし、隙間から入る。
2). 上の階から入り 畳、床をノコギリで切る。生き埋めになっている人にもノコギリを渡し、内側から切ってもらう。
3). 梁や柱を持ち上げる。頑丈な棒.バール.車のジャッキー
4). 鉄筋などの場合、専門家の消防署のレスキュウ隊.自衛隊を呼ぶ。「ここに人がいます。」と戸板やタタミに
   大きく書いて目印を付けて、その場を離れる。
5). 車で運ぶときは ハンカチを振ったり、「けが人を運んでいます。」と大書くきした紙を側面や前後に貼って
   目立つ工夫をする。大切なのは「決してあきらめない。」「一人ひとりができることからする。」
 救助救命にあたっては 近所の人の いち早い救助救命が必要である。
   イ). 現場での心肺蘇生
   ロ). 病院などでは トリアージで助からない人は切り捨てる。処置可能な人だけ助ける。混乱している医療現場
      では大勢の人を助けるために 生きる人優先。従って助かる人も見落とされる可能性がある。

★ C) 初期消火
隣り近所の人、近所同志の協力 助け合いが大切
阪神大震災では死亡者の30%は焼死者であると言われている。火に追われ生き埋めになって焼け死んでいった
多くの悲惨な光景が見られ地獄図となって目に焼き付いている。
震災直後、小学校に避難していると「火事だ!!」との声。しかし、消防車も来ない。防火水も無い。
そのうち自主防災の人を中心に若い人達が手に消化器を持って駆けつけ、皆で懸命に消し止めた。
後には100本以上の消化器が転がっていた。
又、壊滅的な被害を受け焦土と化した長田区の真野地区では全員参加の自主防災による初期消火で猛火を防ぎ、
延焼を免れた。
大震災では発生直後に一ヶ所 30分後に七ヶ所 最終的に200ヶ所以上から出火した。
発生した火災の内 40%が、停電が復旧した 復電 によるもので、電気製品や配線からのスパーク 
或いはガス管の破壊によりガス漏れによる出火である。
これらはいずれも地震直後ではなく、翌日になって復電による出火が大半である。
忘れずに電気ブレーカーを切る。或いは感震ブレーカーにする。
消火水が無かったのは水道管が各所で破壊、大量の水漏れで貯水池の水が無くなった。
又、停電によって貯水池から送水出来なかった。 一説には放火による出火もあった。
江戸時代は天水桶 戦後は防火用水 そして現代は
防災用水と命名
プラスチック製浴槽の再利用である。
底に排水栓があり清掃ができる。
軽くて持ち運びが一人でできる。
廃品を利用、費用はただ同然。
平常時は植木の水やり、庭.道の水まき
環境保全に雨水利用
★ D) 避難所   (1). 学校ー体育館.教室.校庭 (2). 公共施設ー公民館.会館.保育園 (3). 公園
 先ず、避難者の名簿作り。町会長を中心とする災害対策本部の設置。学校.公共施設との連携協力強化。
 各ボランチアとの支援要請の調整。
1. 簡易水洗トイレ.シャワー室.炊事場.洗濯場の設置。  −−ボランチアや専門家の協力を得ること。−−
2. 食料.飲料水.生活水の確保。
3. 避難所の管理。
4. 生ゴミの廃棄。
5. 学校では 空き教室.部屋の開放。給食設備、諸設備の使用許可。電子レンジの配備。大型布団乾燥車、
  乾燥機を備える。
6. 災害弱者。ーー障害者.高齢者.寝たきりの人.病人.地域の絆の網から漏れた単身赴任者.独身寮の人を
  一ヶ所に避難させる。
  学校 三者防災連絡会議で常に検討.訓練する。 学校には避難民が2,000〜3,000人になり、食料.トイレは
   生半可な考えでは対応出来ないことを熟知すべきである。
   震災直後は地域の核となった公立学校が、地域の復興が進むにつれて 元の閉ざされた学校へと戻って
   いった。乗り越えられない管理主義、教職員の閉鎖性に問題点がある。
   地域との共存.共有.協力こそ子供たちの生涯教育学習の場として託され、生きた教育の育成の原点である。
   未曾有の災害にあって傷つき、悲しみ、痛みを小さな心に必死に受け止めた子供たち。
   貴重な震災体験が他人の痛みを我がこととして受け止めた 柔らかな感性が子供たちの数多くの子に見られた
   という。日頃見えなかったものが非常の時には見える。
   箸にも棒にもかからなかった悪ガキが、「ハイッ、ハイッ」と大人達の指示通り骨身惜しまずテキパキと
   働いている。良い子に見えた子が何も動かない。
   一方、子供に範を示さねばならない教育現場で「電力の使用が容量を越える」「認めるときりがなく管理
   できない」との理由でコンセントにガムテープを張った体育館」なんとも すさまじい、いじましい教育現場。
   子供達は何と考え、思うだろう。
   そして災害弱者の障害者、高齢者への福祉のあり方 施設から在宅地域へ 学校こそが生きた生涯学習に
   役立つ所である事を忘れてはならない。
  公園  井戸を掘り生活水の確保。災害時 大型貯水槽.水洗トイレ.シャワー.炊事場.洗濯場の設置。
  避難所での管理で注意すべきことは  一部の身勝手な人、家族が横行し、食料など救援物資を
    火事場泥棒のように持ち運び、常に救援物資をもらえない人達がいた。
  簡易トイレでも夜間は危険で 女性でも扉を開けたままで用を足し、いつでも逃げ出せるように、
    羞恥心より身の安全を計ったと云う。
  震災後、色々な人が入り込み、泥棒.暴力。婦女暴行など 一時無法地帯となり治安の悪化を招いた。
  被害を大きくした原因
  1. 地震は来ないと 高をくくっていた。
  2. 日本人が技術過信になっていた。
  3. 地域開発で自然破壊.環境破壊をした ツケ
  4. 火災

  

  

★ E) 救援ボランテア
 2,000年を迎えた阪神地区の成人式でアンケート調査をしたところ、85〜90%の青年がボランイアを希望し、
又大半の青年が福祉関係の仕事をしたい。と答えている。
救援ボランチアは 避難所への生活支援.入れない避難者への救援活動をする。即断即決の救援活動は
硬直した行政を破り、行政に代わって活動。被災者の心に大きな存在感をもたらした。
  U S A F E M A フィーマ  アメリカ合衆国緊急事態管理局
 自然災害時に救出.救助.救命.救援の専門家集団で大統領の下に 全ての指揮管理権限と必要な経費は
 国より全額支給される。更に、被災者への復興特別資金.融資をし、その活動は柔軟な発想と実行力
 を持っている。
  Y M C A. Y W C A. 宗教団体.ピースボート(ミニコミ誌を発行。テレビ.ラジオ等の情報が少なく、
   大人気となった。
 N G O 非政府国際協力団体.緊急医療 N G O .国境なき医師団 M S E(発生直後に活動 引き際もあざやか)
 曹洞宗青年会、総持寺、永平寺の合同炊き出しは、人々の目をみはらせた。又 曹洞宗国際ボランテア会は
 移動入浴サービス、給湯サービスと長期にわたり活動 地元にとって大きな存在となった。
 ボランテア精神は「云われなくてもやる。云われてもしない。」自主的.自発的.自律性を旨とし震災を境に
 人道主義的な暖かい感動性のあるものに 変わった。
  空白域  充分に蓄積されたエネルギーが 放出されて地震を引き起こす区域
 関東大震災は フイリピン プレートの浮き沈みによって三浦半島.房総半島の先端が1〜2m跳ね上がって、
 蓄えられた 歪みのエネルギーが放出する動き が引き起こした大地震です。
  トリアージ  災害時に限られた医療体制 でいかに多くの人命を救助するか。
 限られた人的、物的状態の中で、最大多数の傷病者に最善の医療を行うため、緊急度と重症度に基づいて 
 傷病者の治療優先度を決定すること。

     (0)黒   死亡か 生存可能性がほとんどない
     (1)赤   緊急治療が必要
     (2)黄   準緊急治療が必要
     (3)緑   軽傷
 と具体的に傷病者の状態を4ランクに分け、タッグ識別票を手に付ける。
 この トリアージは災害地の救出現場、救護所、病院などの各段階で医療、搬送、転送などに対して行われる。
 分類の判断は医師.救急救命士.救急隊員だが、災害時には 経験のない住民にも求められる。
  クラッシュ.シンドローム 座滅症候群   家屋の下敷きになって筋肉組織が壊れ腎臓に障害が残る。
   透析が必要。
  P T S D 心的外傷後ストレス障害   レイプ.強盗.誘拐.家庭内暴力.自然災害.交通事故などの
   震蕩体験による心の後遺症。
  震蕩体験 しんとう   壮絶な恐怖の中で 魂まで揺さぶられる悲痛.悲惨な体験
  トラウマ   心の傷
  災害弱者   障害者.高齢者.病人.妊婦.その他地域とのつながりの薄い独身寮、学生寮、
                      単身赴任の人達
  真野地区   6,000人の住工混合地区で全戸が街づくり推進に参加。工場を追い出すのではなく、
   住工を共存させ環境保全する街づくり。小公園を沢山造ったり、オープン.スペースに心掛け道路なども広くし、
   災害にも対応できるようにした。最も被害が大きかった長田区で 唯一、初期消火に成功。火災を免れた。
   そして 炊き出し、救援物質の流通機構づくり、入浴サービスで 自分たちの地区街を自分達で守った。

  

● 関東大震災の教訓
死者 15万人 東京市内 6万人の死者のうち、5万数千人は焼死者である。特に注目されたのが、本所被服廠跡
の空き地一万平方メートル(100m平方)に家財道具を積んだ避難民が押し寄せ、正午の地震発生から4時間後一息
入れ、四方の火事を見学していた直後に 上昇気流による火災旋風が起き アッという間に4万人のうち、
3万8000人が焼け死んだ。しかし、奇跡的に焼け残った地域 神田区内と浅草区内では
 神田区内  神田火消しの伝統(毎年行事としていた)が残っていて、防火用水からのバケツ リレーで消火した。
 浅草区内  鳶頭の指揮の下、住民が消火した。
いずれも、避難者の荷物の運び込みを防いだ。しかし、至る所で水道管が破裂し 消火.飲み水.トイレ処理が
困難を極めた。
地震発生3時間後の被服廠跡地震発生4時間後、火災旋風の被服廠跡
−− GRAPHIC SCIENCE MAGAZINE Newton より −−
* 日本列島の災害マップ
 日本列島はフィリピン海プレート、太平洋プレート、北米プレート、ユーラシアプレートの4枚の板を押しつけ合った
ような状態で形成されている。従って、その境界では常に地殻変動が起こっている。
太平洋側は太平洋海嶺とフィリピン海嶺の海底山脈より日本列島目指して45度の角度で日本列島の下へ潜り込んでいる。
その結果、プレートの最先端は沈降や圧縮のひずみがたまり 一挙に元に戻す跳ね上がりが起きる。
これが 海溝型地震である。
* 海溝型地震
4つのプレート境界 即ち海溝での地殻変動で
ひずみ=エネルギーが蓄積し、放出されて起こる地震
で規模も大きく、揺れが広い範囲にわたる。
* 直下型地震
プレート上のひずみ=エネルギーが放出されて起こる
地震で、境界.断層にそって起こる。
* 関東地方の災害マップ
 関東では北米プレート、太平洋プレート、フィリピン海プレートと三つのプレートが押し合いへし合いして、常に地震が起きている。
関東地方のプレート上で起こる直下型地震は1855年安政江戸地震(M6.9) 1923年関東大震災(M7.9) と約70年周期性である。
2000年を過ぎ、いつ発生しても不思議ではない状態である。
又、小田原付近の震源域は北米プレート、ユーラシアプレート、フィリピンプレートが重なり合っている大地震が起きやすい 巣 である。
この小田原地震が 東海、関東の巨大地震と連動する可能性大である。
* 川口の災害マップ
 川口は 綾瀬川断層地震.都県境下地震で両方が重なり合った地震の 巣に位置している。
そして古い家屋の密集地帯であり、地盤も非常に悪く 液状化現象が起き易く被害状況は思ったより甚大となる。

● 前兆現象=宏観異常現象
 地震の前兆として 空.大気の異常.大地の変化.電磁気の異常などの自然環境の急変、それらによるストレスが刺激となり 動植物に異常反応が起こる。
  地震発生の数日前から
     1.カラス.犬.猫.などの異常行動
     2.月.太陽の異変   真っ赤な月.赤黒い月.金色に輝く月
     3.地震雲   真っ直ぐ空に向かって、渦巻き状で消えても すぐ発生、連日続く
     4.地鳴り   ゴーッと大地を揺るがす。関東大震災では一年前より相模湾方面から砲声に似た鳴動が
             聞こえた
     5.発光現象   明け方、西の空がオレンジ色に。又、朝焼けなのに 西の空に青緑色の稲光が
     6.海の濁り   海中より入道雲が沸き上がるように 泥水で濁る
     7.電磁波.電波   テレビ等のリモコンが作動しない。画面がゆがむ。ナビゲーターが狂う。
              無線がおかしくなる
  地震発生 一日前 
     犬.猫.月に異常。カラス.ネズミ.鳥類は逃げ出していない。


長岡地震で見られた 地震雲

inserted by FC2 system